feat. John Coltrane
それから暫くたった、あの日
なぜかヤスは、妙にピリピリしていた。
サックスの音色も硬い。
「何かあった?」
僕とフレッドが聞いても
ムスッとしたままのヤス。
これは……空気を変えねば!
「そうだ、たまには外で演奏しない? 天気も悪くないし、久々にスターライト・ルームで」
そう提案する僕に
「イイね!」とフレッドも
相槌を打つ。
だけど、ヤスは「NO」と呟くと
サックスを片付け始めた。
「大体さ、こんな演奏やって何になる?」
それを聞いて、僕とフレッドは
顔を見合わせた。
「何って、ただ楽しむためじゃ駄目⁉︎」
「スターライト・ルームは滅多に人が来ないから、恥ずかしくないよ?」
「その程度の意識じゃね……」
ヤスは冷めた表情で続けた。
「外で演るなら、今更ビートルズなんて定番すぎて、子供の小遣い稼ぎにもならない」
「……だったら誰の曲ならいい? Roxy Music? Men at Work? Spandau Ballet? リズムマシンがいるね」
サックス・プレーヤーがいる
バンド名をあげつらい、ムッとする僕。
正直、3人で演るために
合わせていた感が拭えないのに。
しばし考えたヤスが
徐にレコードを取り出し
プレーヤーにかけた。
ピアノが6/8拍子のアフロビートを刻み
ソプラノサックスが歌い出す。
これは――ジャズ!
「コルトレーンの『マイ・フェイヴァリット・シングス』。これをマスターできるっていうなら、外で演ってもいい」
ヤスが鋭い視線を投げてきた。
思いもしない方向に、唖然としていると
「イイね! ダビングさせてよ?」
フレッドがニヤリとした。
意外にも僕の弟は
売られた喧嘩は、買うタイプみたいだ。
John Coltrane - My Favorite Things