ユミコは軽く頷き
「やっぱり、イギリスに戻ってきて正解ね。日本だと足並み揃えないと厳しいけど……」
とテーブルに置かれた書類の山を
整えながら話を続けた。
「今、日本は経済的に過度期にあるみたい。翻訳の依頼も増えてきて、収入も安定しているの。お父さんが遺してくれたものもあるし、恭章がすぐ大学に行かなくても構わないのよ?」
「でも、祖父ちゃんが――」
動揺するヤスに
ユミコは笑顔を見せた。
「自分の人生なんだから、自分が納得するまで全力で取り組んでごらんなさい? 大丈夫! 恭章なら、この先どこを目指そうと何をしようと、道を誤ったりしない。お父さんの子だもの」
ユミコが肩を抱いて励ますと、
ヤスは小さく頷いた。
「いいな……」
ヤスの家から出ると
フレッドが、ぽつりと呟いた。
確かに、ユミコとヤスの親子関係は
羨ましいものがある。
そんな弟の気持ちを察して
「さあ、兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで⁉︎」
と両手を広げてみせたけど、
フレッドは一瞬立ち止まるも
そのまま鍵を開け、
黙って家の中に入ってしまった。
そんな冷たい対応……
せめて何か言ってよ⁉︎
◆ ◆ ◆
いよいよ Club1000 でのライブが
始まろうとしていた。
前座のバンドは、僕等を含めて3組で
The Starlight Night が
トップバッターだった。
僕等は他のバンドと一緒に
楽屋で待機中だ。
トニィはストレッチで緊張をほぐし
ヤスは何度も譜面を確認している。
フレッドはギターケースに
いつも忍ばせている、
子供の頃に貰ったらしい
ウサギのマスコットを
握り締めていた。(可愛い)
マークは余裕で、隣のバンドに
軽く冗談を飛ばしている。
「気を紛らわせてるだけだ」って
言うけど、頼もしいよ。
僕はヴォイス・トレーニングを
するも、やっぱり緊張気味だ。
そんな僕の肩を叩きながら、
マークはいつもの調子で声を上げた。
「さあ、今日も思いっきり暴れようぜ!」