ユミコは軽く頷き
「やっぱり、イギリスに戻ってきて正解ね。日本だと足並み揃えないと厳しいけど……」
とテーブルに置かれた書類の山を
揃えながら話を続けた。
「今、日本は経済的に過度期にあるみたい。仕事も原稿料も、どんどん増えてるの。お父さんが遺してくれたものもあるし、恭章が直ぐ大学に行かなくても構わないのよ?」
「でも、祖父ちゃんが――」
困惑するヤスに
ユミコは笑顔を見せた。
「自分の人生なんだから、自分が納得するまで全力で取り組んでごらんなさい? 大丈夫! 恭章なら、この先どこを目指そうと何をしようと、道を誤ったりしない。お父さんの子だもの」
ユミコが肩を抱いて励ますと
ヤスは小さく頷いた。
「いいな……」
ヤスの家から出るとフレッドは
ぽそっと呟いた。
確かに、ユミコとヤスの親子関係は
羨ましいものがある。
そんな弟の気持ちを察して
「さあ、兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで⁉︎」って
両手を広げてみせたけど
フレッドは一瞬立ち止まるも
そのまま鍵を開け、
黙って家の中に入ってしまった。
そんな塩対応……
せめて何か言ってよ⁉︎
いよいよ Club1000 でのライブが
始まろうとしていた。
前座のバンドは、僕等を含めて3組で
The Starlight Night が
トップバッターだった。
僕等は他のバンドと一緒に
楽屋で待機中だ。
トニィはストレッチで緊張をほぐし
ヤスは何度も譜面を確認している。
フレッドは、ギターケースに
いつも忍ばせている
子供の頃、託児所で貰ったらしい
ウサギのマスコットを
握り締めていた。
(可愛い)
マークは余裕で、他のバンドに
話しかけている。
「気を紛らわせてるだけだ」って
言うけど、頼もしいよ。
僕は軽くヴォイス・トレーニングを
するも、やっぱり緊張気味だ。
そんな僕の肩を叩きながら
マークはいつもの調子で
声を上げた。
「いつも通り、思いっきり暴れようぜ! さあ、皆んな行くぞ!」