帰り道、ずっと黙り込んでいたヤスが
意を決したように口を開いた。
「ジェム、頼みがあるんだけど」
僕とフレッドはその足で
岡部家に向かった。
「あら、2人とも久し振りね?」
笑顔のユミコが、出迎えてくれた。
ユミコの淹れてくれたお茶で
喉を潤すと、Club1000 での
ライブの話を切り出し
ヤスの出演許可を求めた。
「そう、あの Club1000 で……」
ユミコは感慨深げに頷くと
ソファに沈んでいる、神妙な面持ちの
息子を見つめた。
ユミコの意外な反応に
僕は意表を突かれた。
「Club1000、ご存知でしたか?」
「まだ結婚する前ロンドンに来た時、主人と何回か行ったことがあるのよ。あそこはジャズのライブでも有名だものね」
ユミコの話に、ヤスも驚く。
どうやらOKをもらえそうだ。
「その思い出のステージに立つ息子さんを、ぜひ見に来てください!」
僕の言葉に、ユミコは軽く微笑むと
立ち上がってヤスの隣に腰を下ろした。
「恭章、何を悩んでいるの?」
ビクっとしたヤスが
一瞬こっちを見て、直ぐ視線を外し
ぽつぽつと話し出した。
「サックスを吹くのは好きだ、ステージに立つのも楽しい。でも去年バンドを始めた時、こんな大ごとになるなんて思わなかった」
それを聞いて、焦ってしまった。
ヤスが躊躇っていたなんて
思いもしなかったんだ。
さすが、母は何でもお見通しだね。
ヤスは小さく口を開いた。
「正直……怖いんだ。怖いのは、ステージに立つことじゃなくて――」
物事が、自分が納得するより
早く進んでいくこと、
そこに皆んなの将来や責任が
伴っていることに気付いてしまうと
16歳の少年からすれば
戸惑う気持ちも、確かに分かる。
でも僕等は、もう
ヤスを手放すことはできない。
写真は90年代前半、初めてのロンドン旅行で撮影した『100 CLUB』の看板。絹目のプリントをスキャンしたので、よく見るとボコボコしてるのが、また懐い!(≧∇≦)