彼は誰の助けも、必要としない。
彼は他人に、何も望んでいない。
彼は決して、間違ってはいない。
勉強もスポーツも完璧で
口を挟む隙もないヤスに
誰も何も言えないんだ。
でも、まだ13歳の少年が
完璧でいること自体が問題なのを
なぜ、ユミコや先生や僕等が
心配しているのかを
彼は理解できない。
だから、気付いて欲しいんだ。
「なんで自分の感情を、コントロールする必要がある?」
「……」黙り込むヤス。
「サックスが大好きなのに、認めようとしない?」
「……黙れ」微かにヤスの唇が動いた。
「僕と一緒にいて音楽にのめり込むのが、そんなに怖い?」
「黙れって言ってんだろ⁉︎」
〈パシッ!〉
咄嗟に、僕を殴ろうとした
ヤスの右手を掴んだ。
「口で答えろよヤス? 力では僕に適わない」
僕の目を見たヤスが
ビクッとなる。
「やめといた方がいいよ、ヤス? ジェムは今でこそ普通にしてるけど、2年前は家にも帰らない、不良少年だったんだから」
フレッドが肩を竦めた。
驚きの表情になるヤス。
僕は彼の腕を
ギュッと強く握りしめた。
「大人びたこと言ってても、君もまだ子供なんだよ? 腕も細い――」
次の瞬間
「離せっ!」
ヤスは空いてる左手で
ギターを掴むと
振り払うように僕を殴った。
「ジェム!」駆け寄るフレッド。
「――血?」
強打を避けきれず
ギターヘッドがかすった額に
手を当てると
血がべっとり付いていた。
ヤスは呆然となり立ち竦み
一瞬で顔が青ざめた。
「何てことするんだ!」
「いいんだフレッド! 僕が悪かったんだ」
必要以上に
彼を煽ってしまったから。
「ヤスごめん、言い過ぎた。ただ、これだけは言わせてほしい」
怪我の痛みよりも
自分自身に憤りを感じて苦しんでいる
ヤスを見る方が辛かった。
1年前、僕を見て悲しそうだった
フレッドの気持ちが
今、ようやく分かる。
「僕には君が必要なんだ。君と君の音楽を、絶対に諦めない」